農園たやのプロジェクト

(株)農園たやのインドネシア農業技能実習プログラム

 これからの日本は、外国人労働者がいなくては、うまく機能しない社会になりつつあります。しかし、それらの問題の多くは、人口減少や高齢化、労働力不足等の量的な議論が中心で、私たちはそれに強い違和を感じます。その議論には、外国人との共生&共働によって、日本とそしてそこに関わる海外との新しい社会を築き上げるような視点が欠けています。私たちは外国人と関わる場を重視し、その場から生まれる双方の社会の創造に力を入れています。

プログラムの目的

 当農園のインドネシア農業実習プログラムは、技能実習制度を本来の目的である国際協力の場とし、実習生たちに学習の場を提供し、帰国後の活躍につなげていこうという試みです。実習制度を活用し、参加した若者を『考える農民』へと変えていきます。実習修了生たちは、それぞれの地域に戻ってソーシャルビジネスを起こし、それぞれの地域の問題を解決します。

農業実習プログラムの背景

 2002年に横浜で開催された全国高等学校総合文化祭に、福井農林高校と交流関係にあったインドネシア共和国西ジャワ州のタンジュンサリ農業高校を招へいしました。その招へい事業に園主が通訳として関わり、同年、福井農林高校とタンジュンサリ農業高校の友好提携が締結され、2003年より相互訪問事業が始まりました。現在でもこの相互訪問事業は続いています。

 この交流に通訳兼アドバイザーとして園主がかかわり、さらなる農業研修プログラムを作れないかというタンジュンサリ農業高校側の意向から、2008年に農園たやでインドネシア農業技能実習プログラムが開始しました。

実習生の選考

 実習生の選定は、タンジュンサリ農業高校の卒業生を対象に、農業高校主導で選考しています。19~28歳までの人材で、実習後に地域貢献できる人材を選考しています。

実習生へのポテンシャル調査

 選考が終わり、候補者が決まると、実習派遣前にインドネシアの大学教員による農村ポテンシャル調査を行っています。そのレポートを元に、個々の実習内容を組み立て、実現可能なビジネスプランを立てることを手助けてします。実習候補者家族の生計戦略やその地域の開発の歴史、市場、資源などの調査を行います。

農園での実習

 農園での実習は、圃場での多種多様な野菜づくりがメインになります。ただ、実習生がその野菜づくり等の技術を覚えて帰国することを想定していません。日本の農業はあくまでもこの地域の市場や温帯の気候、食文化などの価値に支えられており、その価値の方向性から派生する必要性に応じて技術を発展させてきました。そのため、その技術自体をインドネシアの実習生たちの地域に持ち帰っても、当然、その方向性を同じとしない場所では、意味のないものでしかありません。では、農業実習は意味がないのでしょうか?

そうではありません。それらの異文化の中での実習体験を通じて、それぞれの市場や気候、文化、社会構造、金融、政治、グローバルな関係などの違いに気が付き、それらの表象として現れている農業や社会を相対的に読み解く力が養われていきます。ただし、これらの視点はかなり勘のいい子でなければ自然とは身に付きません。そこで当農園では、それらの視点を養うための座学を用意しています。

 1年2学期制で1学期に4講座程度ほど行います。基礎的な農業と食の勉強から、構造的に社会を読み解く社会学の基礎、地域のポテンシャルに気付き、起業することで問題を解決するようなソーシャルビジネスのプラン作りまでを勉強しています。グローバルな視点を持ち、ローカルに行動を起こせるよう持続可能な社会の在り方についても一緒に勉強をしています。目に見えている現象の構造を社会や文化などの構造から読み解き、その方向性を理解して、未来を予測し、それに応答する。それがこのプログラムの目的である「考える農民」像です。

卒業研究

 実習3年目には、それぞれが立てたビジネスプランを元に卒業研究を行います。帰国後のビジネスをイメージして、調査インタビューをしたり、栽培実験等をして論文を書いてもらいます。福井農林高校の課題発表会に参加し、卒業研究の成果を日本語でプレゼンテーションしています。2019年はAOSSAの会場等を利用し、一般に向けても発表会を実施しました。

互助会「耕志の会」

 農園たやの実習生たちを支援する会です。「耕志の会」といいます。実習生たちが日本に来るための資金(パスポートやビザ取得、日本語の勉強等の資金)を無利子で貸し付けたり、実習生が日本いる間の勉強にかかる費用を手助けをしています。また視野を広めるためのスタディーツアーを企画したりしています。実習生だけでなく、農園やそこで働くスタッフの有志の会費で運営しています。

インドネシア技能実習プログラム修了生への帰国後の支援

 帰国後、実習生たちはそれぞれの立てたソーシャルビジネスのプランに沿って、ビジネスを展開しています。その過程で浮かび上がる様々な問題に、農園では実習修了生に寄り添って、問題解決に力を入れています。

巡回訪問

 年に1~2回、実習修了生の地域を巡回訪問します。帰国後のビジネスの悩み等の相談に乗り、フォローアップをします。実際に畑まで行き、インタビューを通じて、修了生たちが自らの問題の所在に気が付いてもらうように心がけています。

勉強会の開催

 毎月1回、修了生たちが自主的に集まって勉強会を行っています。農園に来ている実習生や園主&スタッフもインターネットのテレビ電話を利用して参加し、修了生たちの悩みに耳を傾けます。これらの勉強会を通じて、実習修了生たちのニーズから形成された活動が、JICA基金の採択事業となりました。2016年「インドネシア・スメダン県における小規模農家の持続可能な農業のための人材育成事業」と2018年「インドネシア:西ジャワ州スメダン県とバンドゥン県における小規模農家の持続可能なコーヒー栽培のための研修事業」です。実習修了生たちが地元のリーダーとなり、多く農家が参加するプロジェクトでした。今後も勉強会の機会を通じて、実習修了生のニーズを地域発展の活動につなげていきたいです。

マイクロクレジット

 実習修了生たちは、日本で得た資金をそれぞれ自分たちのソーシャルビジネスに投資しています。帰国してしばらくすると事業拡大や新規事業の必要性が出てきて、新しい投資が必要になります。インドネシア政府も小規模事業に対する金融商品を用意していますが、その規模はやや大きく書類等も少し煩雑で、実習修了生たちにとってはすこしハードルが高かったりもします。そこで、それらの金融商品よりも条件を修了生に合わせたマイクロクレジットを互助会「耕志の会」を通じて行っています。このマイクロクレジットを通じて経営感覚をさらに伸ばし、いずれは政府等が用意している金融商品を活用して、さらなる発展ができるようお手伝いをしています。

これまでの実績では、お茶の育苗所建設やカフェの開設、飲料水販売の事業、農業用水設備、農地購入などへの貸し付けを行っております。

ローカルスタッフ

農園たやは、実習修了生の地域にローカルスタッフを配属しています。それぞれの修了生を訪ねてビジネスや家計調査を行っています。年に数回の巡回指導ではわからなかった年間通じての事業のキャッシュフローやビジネスの問題点の情報を得て、より良いアドバイスへとつなぎます。マイクロクレジットも活用して、新しいビジネスの提案も修了生に対して行います。

送り出し機関の運営

農園たやと耕志の会では、さらに本当の意味での技能実習制度を学習の機会にするため、インドネシアでの送り出し機関を自分たちで運営できないか検討中です。この送り出し機関は、非営利団体を想定しています。実習候補生が日本に行くまでの間の研修にも力を入れ、それらの費用を極力下げて、借金をしなくても日本に行ける環境づくりを目指します。また送り出し機関運営で得た利益はすべて、タンジュンサリ農業高校に寄付し、高校生たちが福井農林高校へ交流で来日するための費用に充てる予定です。両国の高校生の見聞を広めるために資金を使い、将来のリーダー育成に積極的に取り組みます。


実践&起業その1

1期生ヘンドラ君 2011年帰国

 帰国後、農業高校から農業ビジネスの講師として要請を受けたのですが、それを辞退し、地元で農業を始めました。近隣の農家をまとめあげ、大手ケチャップ会社と大型の有機栽培の契約を結ぶことに奔走するも、あと一歩のところで締結には至りませんでした。しかし、その時のリーダーシップが認められ、20代半ばにして、伝統的なジャワの村では異例の農家グループ長&集落長という要職につきました。現在は、個人で営農をしながら新しい野菜の市場を模索しています。


実践&起業その2

4期生クスワント君 2014年帰国

 2018年のJICA基金採択事業で行った持続可能な小規模コーヒー栽培の中心的リーダー。その事業を通じて、1haほどのコーヒー栽培を行っています。村の大通りに耕志の会のマイクロクレジットを活用したカフェを開き、ゆくゆくは自分の栽培したコーヒーをカフェで提供しようと考えています。


実践&起業その3

5期生イラ君 2015年帰国

 帰国後、しばらく農業で生計を立てていましたが、農業用水の不便な地域であったため、なかなか収入は伸びませんでした。そこで農業で生計を立てることをやめて、飲料水の販売ビジネスを始めました。現在では、スタッフ4名を抱え、1000軒以上の家庭に飲料水を販売しています。マイクロクレジットを活用して、飲料水を入れるボトルを買い足し、さらに販路を広げようと意欲的です。


実践&起業その4

7期生レンディ君 2017年帰国

 農園で実習中に、貯めたお金で地元のお茶畑を買いました。1.2haのお茶畑と唐辛子栽培で生計を立て、その成功で車も買いました。それらの成功を見ていた地域住民から、リーダーとして集落長に推薦され、集落長選挙で見事当選。帰国後1年半というスピードで地域リーダーへと一気に成長しました。マイクロクレジットを活用して、地域のお茶畑に新しい品種導入のための育苗所を開設しました。これからも地域の問題にビジネスで取り組んでいきたいと、とても意欲的です。


青年海外協力隊派遣

 農園のスタッフを実習生を派遣してくれているタンジュンサリ農業高校へ、青年海外協力隊のスキームを活用し農業の講師として派遣しています。農業高校の教育の質を向上させること、また実習生としてくる子たちがどのような現状でどのような将来像を描いているのかに肉薄するための派遣です。現地の高校生たちの将来の夢を知ることで、彼ら彼女らの価値観を理解し、実習生の現実的なビジネスプランに役立てるためです。

 隊員の派遣には、タンジュンサリ農業高校と福井農林高校の交流を促進する狙いもあります。2003年よりタンジュンサリ農業高校と福井農林高校は相互訪問の友好提携を結び、交流をしています。タンジュンサリ農業高校の学生や先生に、日本理解が進むことで、よりよい交流につながります。2018年の交流では、タンジュンサリ農業高校の日本語クラブが簡易の日本語手帳を作り、よりよい交流ができました。ゆくゆくは両校同士で環境問題等の共同研究やネットを通じた環境教育授業等もしていきたいと思っています。

 2017年に派遣した立崎は、タンジュンサリ農業高校で日本語クラブの活動を促進し、百人一首などを通じて日本語の理解や日本文化を紹介しました。そのメンバーが2019年には、職業高校の日本語スピーチコンテストでインドネシア国内第三位に入賞し、輝かしい実績も残しています。

 また帰国後の修了生へのフォローアップも行います。2018年に採択されたJICA基金のプロジェクトでは、協力隊員のフォローアップがあったから実現できたプロジェクトでした。地域の篤農の調査も行い、実習生のビジネスプランにも助言してもらっています。

 これら協力隊派遣では、2019年より農園たやはJICAと民間連携協定を結んで行っています。将来的には、派遣された人材が中心となって、インドネシアで実習修了生たちとの新しい事業立ち上げにつながっていくことを期待しています。